空飛ぶオートバイ: 新しいタイプの航空輸送の展望

電気自動車に自動運転、カーシェアリング…。20世紀最大の発明の一つ、自動車はいま大きな変革期を迎えている。10月24日から一般公開される「東京モーターショー2019」では、ついに「空飛ぶバイク」がお目見えする。手掛けたのは大企業ではなく、あるベンチャー企業である。

「空のインフラと、モビリティの両方を手掛けている会社は、世界でも珍しいはず。ほかにはイスラエルに1社あるぐらいでは。当社は、交通事故をなくすエアモビリティ社会の実現を目指している」。A.L.I.Technologies(エーエルアイテクノロジーズ、本社・東京都港区)の片野大輔社長は、自社の設立目的をこう説明する。元をたどれば、ドローンを開発する東大の学生ベンチャーとして2016年9月に設立された。

「エアモビリティ社会」については後述するが、まずはその中核となる「空飛ぶバイク」と呼ばれるエアモビリティについて触れておこう。

現在開発を進めていて、3月には報道陣に向けて試作マシン(プロトタイプ)による浮遊走行するデモも実施した。東京ビッグサイトで開催される「東京モーターショー2019」では、新しいモデルの実機を出品展示していく。展示されるのは、スポーツカーを意識した特別デザインモデル「XTURISMO LIMITED EDITION(エックストゥーリズモ ・リミテッドエディション)」。ただし、モーターショーでは浮遊走行といったデモの予定はない。

来年後半からは納車を開始し、23年には日本の道路運送車両法に基づく公道での浮遊走行の実現を計画している。公道ナンバー取得、すなわち自動車やバイクと一緒に公道を使えるわけだが、この年には量販機種の販売も始める予定だ。量販モデルには電動走行できるEV(エレクトリック・ヴィークル)の機種もそろえる計画。

プロペラで浮くハイブリッド車では、同社の空飛ぶバイクとは、どんな仕組みなのか。

「ドローンやヘリコプターと同じで、プロペラの回転により揚力を得ている」と片野氏。もっともサイズや重量、最高速度などの性能、さらにデザインを含めた詳細はモーターショーまでは明らかにしていない。

現状で分かっているのは、まずは一人乗りということ。

揚力を生むプロペラは、バイクというよりもスノーモビルにも似たボディーの前部と後部の底面に2基設えられている。つまり縦方向に並ぶ。2基のプロペラの上にボディーが載り、その中央部にバイクのように人がまたがり操縦する。風よけカバーのカウルと排出口のダクトも設えて、「揚力の効果を最大化させている」(片野氏)。

前進させたり、曲がったりするための推進用サブプロペラが、前後左右側面に2基ずつ、合計4基設えられている。動力は「ガソリンエンジンとバッテリーの組み合わせ」(同)というように、ハイブリッドだ。同社の技術者は、ガソリンエンジンにより「少ないプロペラ面積でも十分な推力と飛行時間を確保し、左右の姿勢制御をアシストするためにサイドにモーター駆動の小径プロペラを備えた」とし、安全性とコンパクト化の両立を図ったと話す。

これがホバークラフトのように地面から浮き、3次元で移動する乗り物の仕組みである。「速度については時速200キロを目指す機種もある、としか現時点では言えない」と片野氏は明言を避ける。浮遊できる高さについても明らかにしていないが、日本の公道を走行するときには50センチとなりそうで、技術的にはもっと高く飛ぶことも可能だと推測される。

商品コンセプトとして、片野氏は「コンパクトとデザインの融合」を挙げ、浮揚するプロペラを4基でなく2基としたのはできるだけ小型にするためだという。デザインも重視しており、「EVメーカーの米テスラと同じで、最初はデザインを優先させた高級機種から発売し、市場ができてきたら量販機種を展開していく戦略」だ。

米テスラは、当初スポーツカーそして高級車から商品化をスタートさせ、目立ちたがり屋の富裕層をターゲットにした。このことが、結果として世界の電気自動車の普及につながっていった。量販車発売は、その後だった。A.L.I.もテスラを参考にしている。

災害救助に威力か
「空飛ぶバイク」は技術面から実用化に向け、動き出している。とはいえ、空中走行だけに安全面などで法整備や社会的な認知が必要だ。政府も2019年6月に発表した「成長戦略実行計画」の中で、「空飛ぶクルマの実現に向け、23年からの事業開始を目標に制度整備を推進」とうたっている。

A.L.I.は安富正文・国土交通省元事務次官を特別アドバイザーに迎えて、23年の公道ナンバー取得を目指しているが、実際に公道走行が認められるまでは、道路以外で使うしかない。そこで当面考えられるのが原野や湖、砂漠地帯、湿地帯、あるいは地雷埋設地帯といった場所での活用だ。個人が楽しむためではなく、社会から必要とされることが先になる。

特に自然災害が多発する日本では、救援活動としての用途も期待される。とりわけ東日本を襲った台風19号のように、大型台風による河川の決壊が相次ぎ発生している。大型台風は地球温暖化が要因との見方もある上、森林資源の管理を長年怠ったツケが水害につながったとも指摘され、大災害は今後も起こり得る。

それだけに、ヘリコプターと比べ、水没地域での素早くかつ小回りの利く動きができる「空飛ぶバイク」の特性を生かすべきだろう。水が引くまでの間、情報収集はもちろん、孤立した家屋の住人に当面の水や食料を運んだり、被災地にとっての「空飛ぶ電源」としても役立てることができるのだ。

23年の量販モデルのEV化では、浮遊走行中での化石燃料の使用はなくなるため、環境性能は高まる。エンジンではなくモーター駆動となる分、騒音も避けられる。砂漠地帯や地雷埋設地帯などでも、ソーラーパネルとコンバーターの給電設備さえあれば、地球上のどこでも利用できるのは強みだろう。液体燃料の制約は受けない。

ネックになるのは搭載するリチウムイオン電池の容量。1回の満充電で「2時間の浮遊走行をいまのところは開発目標としている」(片野氏)。旭化成フェローでノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏が基本形を作ったリチウムイオン電池は、日進月歩で進化を遂げている。高容量化・軽量化が進めば、走行時間も走行距離も伸ばせる上、マシンデザインの自由度もより高まるはずだ。

さて、エアモビリティの開発とともに、空の交通インフラ整備も進めているのがA.L.I.の特徴だ。3次元での管制システム構築や空路設計に取り組んでいる。

「CASE」(コネクテッド・自動運転・シェアリング・電動化)に象徴されるように、自動車は「100年に1度の変革期」をいま迎えている。特に、制御特性の高い電動車両による自動運転により、交通事故を減少させていくことは最大のテーマだ。

「自動運転は二次元よりも三次元のモビリティの方がやりやすい。障害物が少ないため、制御がしやすいためだ」と片野氏。エアモビリティ社会を実現して、二次元移動の自動車社会で発生する「交通事故を撲滅させていくのが、当社のミッション」と強調する。

同社は「空飛ぶバイク」のビジネスプランをもっていた小松氏が2017年2月に社長に就任、現在は会長だ。また、片野氏は東大工学部システム創成学科卒業後、コンサルティング会社などで大手企業のコンサルやスタートアップ企業の支援を経験して、18年7月にA.L.I.社長に就任。小松氏と二人三脚で舵取りする。

技術開発には小松氏が中心で当たり、片野氏は会社全体の経営を担っていて、いわば草創期のホンダにおける本田宗一郎氏と藤沢武夫氏の関係にも通じる。

片野氏は「自分はインドア派。ゴルフよりもゲームが好き」と自認。ドラクエにはまっているようだが、空飛ぶバイクの延長線上には、「空飛ぶ車」を計画している。

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